GUIDE 10

海洋GISガイド

海洋空間データの活用

海洋GISは、広大な海域の空間データを可視化・分析するための技術です。
海運・漁業から沿岸防災、海洋資源管理まで、海に関わるあらゆる分野でGISが活躍しています。

約20分で読めます 海洋GIS


海洋GISの基礎知識

海洋GIS(Marine GIS)は、海洋に関する空間データを収集・管理・分析・可視化するための技術です。陸域のGISと基本的な概念は共通していますが、海洋特有の課題や特性に対応するための専門的な機能が必要になります。

海洋データの特殊性

海洋GISが陸域GISと大きく異なる点は、データの取得と表現の難しさにあります。

  • 3次元+時間の4次元データ:海洋データは水深方向の層構造を持ち、水温や塩分は深度によって大きく異なります。さらに潮汐や海流により時間的にも変動するため、4次元(緯度・経度・深度・時間)のデータ管理が必要です。
  • データ取得の制約:陸域と異なり、海洋では現地調査が容易ではありません。調査船、海洋ブイ、水中ドローン(ROV/AUV)、衛星リモートセンシングなどの手段が必要で、データの空間的な密度は陸域に比べてはるかに低くなります。
  • 境界の不確実性:陸域では行政界や道路など明確な境界がありますが、海洋では水塊(異なる水温・塩分を持つ海水の塊)の境界は連続的かつ流動的で、明確な線を引くことが困難です。
  • 座標系の問題:沿岸域では平面直角座標系やUTM座標系が使えますが、大洋スケールでは地球の曲率を考慮した処理が不可欠です。また、深度の基準面(最低水面、平均水面など)の統一にも注意が必要です。

海洋GISの主要データ形式

海洋GISで扱うデータ形式は多岐にわたります。

  • 海図データ(S-57/S-100):国際水路機関(IHO)が策定した電子海図の国際規格。水深、暗礁、航路、灯台などの航海情報を含みます。
  • 水深データ(Bathymetry):マルチビーム測深機で取得した海底地形データ。GeoTIFFやBAGファイル形式で管理されます。
  • NetCDF:気象・海洋データの標準的なファイル形式。水温、塩分、海流などの多次元データを効率的に格納できます。
  • 衛星海洋データ:海面水温(SST)、海色(クロロフィル濃度)、海面高度などの衛星観測データ。NASA、JAXAなどが無償公開しています。

海洋GISの主要ツール

海洋GISで使われる主なソフトウェア・プラットフォームは以下の通りです。

  • QGIS + 海洋プラグイン:オープンソースGISにNetCDFサポートや海洋データ可視化プラグインを追加して使用
  • ArcGIS Maritime:Esriの海洋GIS拡張。電子海図の作成・管理に特化した機能を持つ
  • GEBCO:世界の海底地形データを提供する国際プロジェクト。無償で利用可能
  • Copernicus Marine Service:EUの地球観測プログラムが提供する海洋データサービス。全球の海洋データを無償で配信

海運・漁業でのGIS活用

海運業と漁業は、海洋GISの活用が最も進んでいる産業分野です。航路の最適化、漁場の探索、安全管理などでGISが日常的に使われています。

航路最適化

海運業において、燃料費は運航コストの最大の要素です。GISを活用した航路最適化では、気象データ(風向・風速)、海象データ(波高・海流)、港湾情報、水深データなどを統合的に分析し、燃料消費を最小化する航路を算出します。

ウェザールーティング(気象航路計画)と呼ばれるこの手法では、GIS上で気象・海象の予測データをオーバーレイし、波高や逆流を避けた最適航路をシミュレーションします。一般的に、ウェザールーティングにより燃料消費を3〜5%削減できるとされており、大型コンテナ船では年間数千万円のコスト削減につながります。

AIS(船舶自動識別装置)データの活用

AIS(Automatic Identification System)は、船舶が自船の位置・速度・針路などを自動的に送信するシステムです。世界中の船舶のAISデータをGIS上に可視化することで、海上交通の状況をリアルタイムに把握できます。

AISデータの蓄積・分析により、航路の混雑状況の把握、衝突リスクの評価、港湾の利用効率分析、違法操業の監視などが行われています。MarineTrafficやVesselFinderなどのWebサービスでは、AISデータをリアルタイムで地図上に表示しています。

漁場分析と漁業管理

漁業分野では、GISを活用した漁場の探索と資源管理が行われています。衛星データから取得した海面水温(SST)、クロロフィル濃度(植物プランクトン量の指標)、海流データをGIS上で重ね合わせ、好漁場の条件を満たすエリアを特定します。

例えば、カツオ漁では水温前線(暖水と冷水の境界)付近に魚群が集まる傾向があり、衛星SSTデータから水温前線をGISで抽出し、漁船に情報を配信するシステムが実用化されています。水産研究・教育機構が提供する「漁海況情報」は、このようなGIS分析に基づいています。

また、漁業資源の持続的な管理にもGISが活用されています。漁獲データと空間情報を組み合わせ、資源量の空間分布を推定し、漁獲規制区域の設定や禁漁期間の決定を科学的根拠に基づいて行います。

沿岸防災とGIS

沿岸域は津波、高潮、海岸浸食など、海由来の災害リスクにさらされています。海洋GISは、これらの災害の予測・対策・被害軽減に重要な役割を果たします。

津波シミュレーション

津波の浸水予測では、海底地形データ(水深データ)と陸上の標高データ(DEM)をGISで統合し、数値シミュレーションを行います。震源の位置・規模を想定し、津波の伝播と沿岸での遡上をシミュレートすることで、浸水域と浸水深を予測します。

この結果をGISで可視化したものが津波ハザードマップです。建物データや人口データと重ね合わせることで、被害想定や避難計画の策定に活用されています。東日本大震災以降、全国の沿岸自治体で津波ハザードマップの整備が進められています。

高潮・浸水予測

台風に伴う高潮の予測にもGISが活用されています。気象データ(気圧、風速、風向)、潮位データ、沿岸の地形データをGISで統合し、高潮による浸水範囲を予測します。近年の気候変動による台風の強大化や海面上昇を考慮した長期的なリスク評価も、GISベースのシミュレーションで行われています。

海岸浸食のモニタリング

海岸線の後退(浸食)は、長期的な沿岸域の管理課題です。GISを用いた海岸浸食のモニタリングでは、異なる時期の航空写真や衛星画像をGIS上で重ね合わせ、海岸線の変化を定量的に計測します。DSAS(Digital Shoreline Analysis System)というGISツールを使えば、海岸線の後退速度を統計的に算出できます。

ドローンによる定期的な測量データをGISで時系列管理することで、海岸浸食の進行をより高頻度・高精度でモニタリングする取り組みも増えています。

沿岸域の脆弱性評価

沿岸域の災害脆弱性を総合的に評価するCVI(Coastal Vulnerability Index)の算出にもGISが使われています。地形(標高、傾斜)、地質、海岸線の形状、潮差、波高、海面上昇率などの要素をGIS上で重ね合わせ、沿岸域の脆弱性をスコア化して地図上に表示します。これにより、限られた防災予算を脆弱性の高いエリアに優先的に配分する判断が可能になります。

海洋資源管理

海洋資源(鉱物資源、エネルギー資源、生物資源)の探査・管理・保全において、GISは不可欠なツールです。

海底資源のマッピング

海底の鉱物資源(マンガン団塊、コバルトリッチクラスト、海底熱水鉱床など)の探査では、マルチビーム測深機で取得した海底地形データ、音響探査データ、海底サンプルの化学分析データをGIS上で統合的に管理・分析します。

日本周辺海域では、海洋研究開発機構(JAMSTEC)や産業技術総合研究所(AIST)がこれらのデータを収集し、GISベースのデータベースとして整備しています。南鳥島周辺のレアアース泥の分布マッピングなど、GISを活用した海底資源探査の成果が報告されています。

洋上風力発電の適地選定

洋上風力発電の計画において、GISは適地選定の核心的なツールです。風況データ(風速・風向)、水深データ、海底地質データ、漁業権区域、航路、自然保護区域、送電線への距離などの多数の条件をGIS上で重ね合わせ、すべての条件を満たすエリアを抽出する「適地分析」を行います。

日本では、再エネ海域利用法に基づく促進区域の指定プロセスにおいて、GISベースの空間分析が活用されています。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が公開する洋上風況マップは、GISデータとして利用可能です。

海洋保護区(MPA)の設計

海洋保護区(Marine Protected Area: MPA)の設計・管理にもGISが活用されています。生物多様性のホットスポット(サンゴ礁、藻場、干潟など)の分布データ、絶滅危惧種の生息域、漁業活動のパターンなどをGIS上で分析し、保護区の最適な配置と範囲を決定します。

Marxanというオープンソースの空間計画ツールは、GISデータを入力として生物多様性の保全目標を達成する最小コストの保護区ネットワークを算出します。世界中のMPA設計で広く使われています。

海洋センサー・ブイとGIS連携

海洋観測では、ブイ、係留系、漂流フロート、海底設置型センサーなど多様な観測機器が使われています。これらのセンサーデータをGISと連携させることで、海洋のリアルタイムモニタリングが実現します。

海洋観測ネットワーク

世界的な海洋観測ネットワークとして、Argo(アルゴ)計画があります。約4,000基の自動昇降フロートが世界中の海洋に展開され、水深2,000mまでの水温・塩分プロファイルを取得し、衛星経由でデータを送信しています。ArgoデータはGIS形式でも配信されており、QGIS上で海洋の3次元的な水温・塩分分布を可視化できます。

日本では、国土交通省港湾局の「NOWPHAS(全国港湾海洋波浪情報網)」や気象庁の潮位観測ネットワークが沿岸域の観測データをリアルタイムで提供しています。これらのデータをGISに取り込むことで、沿岸域の波浪・潮位の空間分布をリアルタイムに把握できます。

IoTブイとリアルタイムGIS

近年は、低消費電力の通信技術(LPWA:LoRa、Sigfoxなど)や衛星通信を利用した小型IoTブイが登場し、水温、塩分、溶存酸素、pH、濁度などのデータをリアルタイムで送信できるようになっています。

これらのIoTブイデータをWebGISのダッシュボードにリアルタイム表示することで、養殖場の水質監視、赤潮の早期検知、沿岸環境のモニタリングなどが実現しています。LeafletやMapLibre GL JSを使ったWebGISに、MQTTやWebSocketでブイデータをストリーミング表示する実装が一般的です。

水中ドローン(ROV/AUV)のデータ連携

ROV(遠隔操作型無人潜水機)やAUV(自律型無人潜水機)で取得したデータのGIS連携も進んでいます。水中ドローンが取得するマルチビーム音響データ、写真・動画、環境計測データを、航行軌跡(位置・深度・時刻)と紐づけてGISに取り込みます。

海底構造物(パイプライン、海底ケーブル、港湾施設)の点検では、ROVで撮影した画像をGISの海底地形データ上にマッピングし、劣化箇所の空間的な管理を行う活用が実用化されています。

海洋データの空間分析手法

海洋GISで用いられる代表的な空間分析手法を紹介します。陸域のGIS分析と共通する手法もありますが、海洋データ特有の手法も多くあります。

空間補間(Interpolation)

海洋観測データは空間的に疎ら(離散的)に取得されるため、観測点間の値を推定する空間補間が重要になります。代表的な手法には以下があります。

  • クリギング(Kriging):地球統計学に基づく手法で、データの空間的な自己相関(バリオグラム)を考慮した最適な補間を行います。海面水温や水深の補間に広く使われています。
  • IDW(逆距離加重法):観測点からの距離に応じて重みを付けて補間する手法。計算が高速で、リアルタイム処理に向いています。
  • スプライン補間:滑らかな曲面を生成する手法。海底地形のなめらかな表現に適しています。

海流の可視化と分析

海流データはベクター場(方向と速度を持つデータ)であり、通常のスカラーデータとは異なる可視化・分析手法が必要です。GISでは、矢印(ベクター)表示、流線(ストリームライン)表示、粒子追跡アニメーションなどの手法で海流を可視化します。

ラグランジュ粒子追跡法は、海流データに基づいて仮想的な粒子を放流し、その軌跡を追跡する手法です。漂流物の漂着予測(海洋ごみ、油流出)、プランクトンの輸送経路の推定、海難事故時の漂流者の捜索範囲の推定などに活用されています。

海洋空間計画(MSP)

海洋空間計画(Marine Spatial Planning: MSP)は、海洋の多様な利用(漁業、海運、エネルギー、レクリエーション、自然保護など)を空間的に調整・管理するためのプロセスです。GISはMSPの中核ツールとして、以下の分析を支援します。

  • 利用競合分析:異なる海洋利用(漁業と洋上風力など)の空間的な重複を検出
  • 累積影響評価:複数の人間活動による海洋環境への累積的な影響を空間的に評価
  • シナリオ分析:異なる利用配分シナリオをGIS上で比較検討

海洋GISの今後

海洋GISは、衛星観測技術の向上、IoTセンサーの普及、AIの進化により、今後さらに発展が見込まれます。特に、リアルタイムの海洋モニタリングとAIによる予測分析の組み合わせ、3D/4D可視化技術の進化、市民参加型の海洋データ収集(市民科学)との連携などが注目されています。

海洋は地球表面の約71%を占めながら、データの蓄積は陸域に比べてはるかに少ない状況です。海洋GISの発展は、この「海洋のデータギャップ」を埋め、持続可能な海洋利用を実現するための鍵となります。

海洋GISで海のデータを活かす

海洋空間データの可視化・分析で
海に関わる業務を効率化します。